ソーシャルフードとしての冷凍食品

 「(公財)かがわ産業支援財団 地域共同研究部ニュースレター第57号」(平成29年3月発行)の巻頭言を示します。

 かつて、エスキモー犬が土中を掘り起こして何かを捕食しており、それは永久凍土に埋没し冷凍保存されていたマンモス象の肉片であることが見出された。これが自然界での冷凍現象認識の濫觴と言える。日本での淵源といえる氷室神社が古代より奉祭されており、冬の雪や氷を地下に設えた氷室に保管し、食材の保存や夏場での解熱、涼感醸成、食品の鮮度保持等に日常生活の厚生利用便益を享受していることから、山川草木自然現象を神々として畏怖し尊崇した古来から日本人にとって氷室は祭祀されるべき対象であったのであろう。また、寒天や凍り豆腐に見られる如く、天然の凍結脱水乾燥利用により食品に多様性や保存性を付与し、生活に豊かさを添えていたことも看過できない。一方、近代的冷凍技術の嚆矢はクラーレンス・バーズアイが急速冷凍の実用化を実現させた冷凍機を開発したことである。そして、米国農務省のT‐T T(Time・Temperature Tolerance 時間・温度許容限度)研究により、科学的背景と根拠を持った本格的冷凍食品時代が到来することとなる。爾来、冷凍食品は時間、空間、民族を超えて普及拡大しており、社会、経済、文化の発達とともに進化する「ソーシャルフード」とも呼ばれている。
 翻って、香川県における低温領域の技術は瀬戸内海産魚介類の鮮度保持・保管や氷菓製造のため、夏期を中心として製氷業が盛んであったが、休閑期の製氷機の稼働が課題となっていた。製氷技術を改良向上させて昭和30年代後半には、瀬戸内海産の海老を冷凍し米国機内食向カクテルシュリンプとして輸出が盛んとなり、年間を通じた冷凍機の稼働が可能となった。高度経済成長期には、世界を代表する冷凍食品専門雑誌『クイック・フローズン・フーズ・インターナショナル』が西讃地方の冷凍食品工場群を取材し、世界的にも特筆すべきフローズン(フーズ・プロダクション)タウン(冷凍食品生産団地)として数十頁にわたり大々的に世界に発信した。この頃から香川県は冷凍食品工場の一大集積地であり、調理冷凍食品の全国出荷額トップを現在も占め続けている代表的生産県となる。これらの背景を象徴する精華として、冷凍食品専業で東京証券市場一部上場を全国初で果たしたのも香川県の企業であった。香川県は平成25年7月に産業成長戦略10ヵ年計画を策定した。その中で「冷凍調理食品産業の強化」が謳われており、これを受けて、(公財)かがわ産業支援財団は「かがわ冷凍食品研究フォーラム」を同年9月に設立し、産学官が連携して冷凍食品産業に関わる新商品開発、技術開発、情報交換や課題解決を図っている。フォーラムの会員と緊密な連絡をとり経営者、管理職並びに実務者他の人達が集い研鑚し交流しており、冷凍食品の新しい展開への胎動を予感させる。
 今後の冷凍食品技術について若干の管見を述べる。冷凍食品製造には当初は冷凍適性のあるもの、あるいは冷凍耐性のあるものを選択して製品化していたが、生産技術、冷凍技術、管理技術等の進歩により、適性のないものでも付加技術、組合せ技術、処理技術等を活用して適性範囲を広げ、ナマコや豆腐等多くの食品を陸続と冷凍化することに成功してきた。「日本食品標準成分表」に記載されている一万点近くのすべての食材及びそれらの加工品の冷凍化も可能となろう。今後は更に冷凍食品の健康性、嗜好性、利便性、安全性、安定性、経済性、高品質性を追求することは勿論のこと、冷凍食品産業界が開発し創出した蓄積と冷凍技術を駆使した食品の加工技術への貢献が待望される。たとえば、食品のほとんどは構成成分のうち水分が約半分以上を占めており、水の相変化には蒸発-融解-昇華乃至凝縮-凝固-昇華が関与する。これらを自在に操作できる技術として、既に凍結乾燥技術は実用化されているが、加えて冷凍熟成技術や冷凍・調理・解凍技術全般が食品の製造工程で付加価値付与過程として適切に応用されれば、より広範囲に深く関わることができる。冷凍食品産業及び関連産業が、現在の食生活に一段と豊穣性、快適性、親和性、多様性等を提供できるものと期待している。

竹安 宏匡
かがわ冷凍食品研究フォーラム会長
香川短期大学教授